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顕正会のいい加減さが、一つ暴かれる話が舞い込んできた。

某所で、顕正会員の脱会があった。
その方は、御本尊様を頂いて居たのだが、顕正会に預けていた。
しかし、正宗に帰依することになり、顕正会の預けた御本尊の返還要求をした。

しかし顕正会側は、御本尊を預かっていないとしらを切るのである。
しかし、預かり書があったので、それを出したら、それは、今は居ない担当者の書いたもので、まして、本部の判が押してないから無効と言い張るのである。
(諸事情で中略)
その場で話をして、対応に出た者がしばらく待ってくれと待ったら、御本尊がありましたと、御本尊を出してきたのである。
 預かった御本尊を確り管理してると言う、顕正会であるが、管理はしているだろうが、返還したくないので、しらを切るつもりで居たんだろう。

その証明として、返還された御本尊をが入れてあった入れ物に、名札らしき物が付いた居たとのこと。

さすが、顕正会と言いたいが、ここで、顕正会の不敬行為ととれることが判明した。

返還された御本尊の表具の裏であるが、鉛筆で何か書いてあったと。
いくら表具の裏でも、御本尊様の裏側に鉛筆で何か書く事が許されるのかと思うのである。
御本尊様を大事に紛失を避ける為めなのかは、不明だが、鉛筆だから書き込みをしても良いことにはならないだろう。
御本尊様を入れた入れ物に記載事項を書けば済むことである。
この辺は、個人の認識だと思うが、いくら表具と言っても恐れ多くて書き込みなど出来ない。
せめて、お巻きした時に、掛ける糸の部分に名札を下げるのが限界だと思うのである。

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教学試験掲載の顕正新聞1月15日号より。

【四級試験問題】

問一 日興上人「遺誡置文」について、次の条目の□□を埋め、ニ箇条においては文意を略述せよ。

一、富士の(1)、聊も(2)の(3)に違せざる事。
一、未だ(4)せざる間は、(5)を捨てて(6)を致すべき事。

一、(7)たりと雖も(8)して(9)を構えば、之を(10)うべからざる事。
  (文意)
一、(11)たりと雖も(12)あらば、(13)之を(14)くべき事。
  (文意)
問二 次文の□□を埋めよ。

 本門戒壇建立の目的は、国(1)・国(2)の成仏、すなわち(3)実現のためである。本門戒壇建立以前であっても、(4)を信じて(5)と唱え奉る者は個人として成仏させて頂ける。ただし(6)が実現しなければ、(7)の失により国土の(8)を免れることはできない。ゆえに個人の真の(9)安穏は国家(10)と共にある。
 まさしく本門戒壇の建立とは、(11)の功(12)・(13)用により、日本および全世界を(14)と化する(15)なのである。すなわち日本国の(16)の表明により本門戒壇が建立されれば、日本国の(17)は(18)となる御本仏を(19)とする国は即(20)ではないか。
 本門戒壇建立の目的がわかれば、(21)と関係ない戒壇建立などあり得ないのは自明となる。しかるに創価学会の「国立戒壇について」の政府への回答書に云く「一時、本門戒壇を(22)と呼称したことがあったが……建立の当事者は(23)であり、(24)の事業として行うのであって、(25)とは無関係である」と。これ正本堂が偽戒壇であることを自ら示すものである。

問三 「本門寺改称」について述べた次文の□□を埋めよ。

 (1)の三月後、池田大作は(2)管長に、本門寺改称について次のごとく述べさせた。
 「日本全人口の(3)が入信すれば(4)であり、その時には(5)を、大聖人(6)の(7)と改称することもあり得る」と。この「(8)入信で(9)」こそ、池田大作のいう(10)の謀りであった。
 もし大石寺を(11)と改称すれば(12)は自動的に(13)となり、一期弘法付嘱書の「富士山本門寺(14)また百六箇抄の「富士山本門寺(15)」の御金言を偽ることができる。
 これまさしく(16)の誑惑の(17)である。池田大作はこの陰謀の実現を、大石寺(18)に当る(19)年と定め、その慶讃法要の席上、(20)管長にこれを宣言させる心算であった。

問四 三大秘法抄の文意を述べた訳文の□□を埋めよ。

 「王法仏法に冥じ、仏法王法に合して」とは、(1)が日蓮大聖人の仏法こそ(2)安泰・衆生(3)の唯一の正法であると(4)決裁して、これを(5)することである。
 「王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」とは、王法と仏法が(6)した時の、具体的な(7)の姿相を示されたものである。すなわち日本国の(8)たる(9)も、(10)の衝に当る(11)も、全国民も一同に(12)を信じて(13)と唱え、この(14)を守護し泰るにおいては(15)も惜しまぬ(16)に立つ時である。大聖人はかかる状況が(17)の未来日本国に必ず現出することを確言され、その時を、戒壇建立の「時」と定め給うたのである。
 「勅宣並びに御教書を申し下して」とは、戒壇建立に際しての(18)の定めである。「勅宜」とは(19)の(20)、「御教書」とは当時(21)の令書、今日においては(22)の議決・(23)の決定がそれに当る。すなわち「勅宣並びに御教書」とは、まさしく正法を(24)し奉るとの(25)である。
 大聖人はこの(26)を、なにゆえ戒壇建立の必要(27)と定め給うたのであろうか。それは、戒壇建立の目的は(28)の実現にあり、その(29)実現は、一(30)・一(31)あるいは漠然たる(32)の帰依などでは叶わず、国家が公式に三大秘法を(33)してこそ始めて実現するゆえと、拝すべきである。
 「霊山浄土に似たらん最勝の地」とは、富士山(34)である。
 「時を待つべきのみ」とは(35)である。勧とは、広宣流布は(36)を的とするところであるから、(37)を惜しまず弘通せよとの(38)]。誠とは、広宣流布(39)に戒壇を立てることを禁ずるの意である。もし広布(40)に戒壇を立てれば(41)の実現も叶わず、一国において(42)肩を並べて(43)を容認することになるからである。
 まさしく御遺命の本門戒壇とは、(44)の時、(45)を以て、(46)に建立される(47)戒壇である。

問五 「国立戒壇」についての先師の文証と、細井日達および池田大作の自語相違の文の□□を埋めよ。

 第五九世日亨上人は「唯一の国立戒壇、すなわち(1)の本門戒壇の一ヶ所だけが(2)でありて、その事は(3)に属する」と。
 第六四世日昇上人は(4)の建立を待ちて六百七十余年、今日に至れり。(5)こそ本宗の(6)なり」と。
 第六五世日淳上人は「蓮祖は(7)を(8)とせられ、これを(9)と称せられた」と。
 第六六世細井日達管長も曽ては「富士山に(10)を建設せんとするのが、日蓮正宗の(11)である」と。
 池田大作も「(11)の建立こそ、悠遠六百七十有余年来の日蓮正宗の(13)であり、また創価学会の唯一の(14)なのであります」等と正論を述べていた。
 だが偽戒壇(15)建設の後は、細井日達は「国立戒壇は(16)の教義ではない」と曲げ、池田大作も「国立戒壇は’17)にはない」等と誑かし、御遺命を破壊せんとした。

問六 本門戒壇の事と義について述べた次文の□□を埋めよ。

 事とは(1)の意、義とは(2)・(3)の意である。すなわち(4)に定められた(5)が整った時に(6)の姿として建立される戒壇を(7)といい、それ以前に(8)のまします所を(9)という。
 ゆえに日亨上人は「戒壇について、(10)にあらわるる(11)堂と、(12)の上で戒壇とも思えるのニつがある。(13)の堂は将来一天(14)の時に(15)で富士山下に建ち、乃至、それまでは本山の戒壇本尊(16)の(17)がまずその(18)に当る」と。
 細井日達管長も曽ては「事の戒壇とは、富士山(19)を安置する(20)の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は(21)の時の(22)の戒壇であります」と。
 だが細井日達は突如、事の戒壇の定義を改変して「この戒壇の御本尊在すところは(23)でございます。だからその御本尊が、たとえ(24)にあっても、あるいは唯今(25)に安置し奉ってあっても、あるいは今正に出来んとする(26)に安置し奉っても、その御本尊在すところは’27)・
(28)でも、そのところは即ち(29)であります」と述べ、また阿部日顕も「戒壇の本尊のおわします所、(30)ちに(31)である」と謀った。
 だが日寛上人は「未だ(32)至らざる故に、(33)ちに(34)これ無し」と仰せられ、さらに事の戒壇建立の場所まで特定され「(35)の戒壇とは、即ち富士山(36)に(37)を建立するなり」と教示下されている。

問七 次文は、阿部日顕の三大秘法抄曲会を総括した文、および正本堂の正体を明かした文である。□□を埋めよ。

 阿部日顕は、池田大作に諂って、「王法」を「(1)と歪曲し、「王臣」を(2)と欺き、「有徳王」を(3)と諂曲し、「勅宣・御教書」を(4)とたばかり、「霊山浄土に似たらん最勝の地」を(5)と偽り、「時を待つべきのみ」を(6)欺誑し、以て(7)を否定して(8)の誑惑を助けた。
 まさしく正本堂こそ、(9)は日蓮大聖人に背き奉り、また二祖(10)より六五世(11)に至るまでの歴代先師に違背し、(12)は(13)全信徒をたぶらかし、さらに(14)には(15)を欺いた偽戒壇であった。
 ゆえに完成後、たちまち学会と宗門に不和が生じ、池田大作は学会員の(16)を禁じた。細井日達はこれを憤り「もしどこまでも(17)が来なければ、それは(18)を造ってもらって有難いけれども……もし(19)が来なくて、こっちの(20)が立たないと云うならば、御本尊は(21)へおしまいして、特別の人が来たならば、(22)を願う人があったら、(23)してよいと云う覚悟を、私は決めた」
 と述べた。(24)が立たない」などとは何という言種(いいぐさ)であろうか。正本堂とは、かかる建物だったのである。

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顕正新聞10月5日号より転記。

【火災で豚舎焼失、かえって御守護大難を機に想像もせぬ環境に一変】
男子部第十一隊長 成毛 ○○

 茨城を中心に戦う第十一隊におきましても、昨日まで真剣に戦った結果、念願の誓願に倍する四十名の弘通が成し遂げられましたこと、感激でいっぱいであります。
 これひとえに「北関東広布」を急がれる浅井先生のご一念に強く守られたゆえと報恩感謝の念、尽きぬものであります。

【「転重軽受」「不求自得」】

 九月五日の日曜勤行において先生は、開目抄の一節を引かれ
「この信心を受持してもし大難に遭うならば、かえって大利益を生ずる。その利益は二つある。一つには転重軽受であり、もう一つは不求自得である。
 転重軽受とは、過去の重き罪障を転じて軽く受けること、すなわち宿命転換ができるということ。また不求自得とは、求めずとも自然と成仏を得るということである。
 ゆえに『諸難ありとも疑う心なくば、自然に仏界に至るべし』と仰せられるのである」と指導下さいましたが、この仰せを噛みしめては自身の体験が重なり、有難さで幾度となく涙が込み上げたものであります。

 私事ではありますが、私は顕正新聞の茶寮の特集記事にも紹介頂いたように、家族で養豚業を営んでおります。
女子部総班長の妻をはじめ、長男は男子部支隊副長、次男は男子部組長、長女は女子部班長を務めており、各々が功徳を頂きながら広宣流布に戦っております。

 【豚舎焼失!】


 そのなか、入信より十五年目の平成十七年二月、養豚場の「心臓部」ともいうべき分娩舎から出火し、他の豚舎や倉庫を焼失、そして多くの豚を焼死させるという火災に見舞われましたが、御本尊様の大なる御守護を頂き、保険金も予想以上に下り、資金の借り入れや新豚舎の建設も異例の速さで進めることが叶いました。
 しかし当時は父より経営を任された直後でもあり、身内や近所の者から「信心して、なぜ火事になるのか。地元の神や仏を大事にしないからだ」と心ない言葉を浴びせられ、火事という否定できない目の前の現実に、唇を噛み締めたものでした。
 また数ヶ月で四千万円超の費用を新豚舎の建設に使って豚舎の近代化は図れたものの、多くの豚が焼死したことから、火事直後は収入も激減してしまいました。

【御奉公に体ぶつける】

 しかし「先生より隊をお預かりしているのに、戦いを遅らせてはいけない」との思いだけで、ただ御本尊様に祈り、体をぶつけ、同志と共に夢中で戦ってまいりました。
 そしてその後も、さらに自在を得て御奉公に出かけやすくするため、体温調節ができない豚のための大型換気扇の増設や、ドリップクーリング等の空調設備を整えたり、また労働時間短縮のため、自動で餌を与える給餌ラインを増設したり、本年一月にも一千数百万円かけて子豚の家を十六基設置する等、設備投資を毎年行ってまいりました。

【想像もしない環境に】

 そのなか火災から五年半で、火事以前の人力中心で過酷きわまりない状況からは考えられぬほど、労働環境を一変させて頂き、今では労力・時間のみならず経済面においても大へん守られ、親戚も
「かえって火事になって良かったね」と、一分なりとも御本尊様のお力を認めるまでに変わってまいりました。
 実は、火災になる以前の養豚の環境は劣悪きわまりなく、ウジやハエが大量に発生するなか糞尿処理を手作業で行い、子豚を別の豚舎に移動させるのも抱きかかえて行う等、大へん過酷な作業でありました。
 それが今では、糞尿処理も機械化され、豚の移動も何時間もかかっていたのが、フォークリフトで数十分で済むようになり、餌やりも自動化される等、想像もつかなかった環境へと変わらせて頂きました。
 また経済面でも多大な御守護を頂き、車も新車・中古車あわせて六台も購入でき、自宅の「離れ」も増築することが叶ったのでした。

【「諸難ありとも疑う心なくば・・・」】

 現在、畜産業界も世間に違わず、疾病のみならず、異常気象や投機マネーの流入による飼料の高騰、消費の低迷による豚価の下落等、大へん厳しい状況であります。
 ことに私のような小規模の家族経営のところは、後継者不足や資金繰りの問題により、廃業が跡を絶たないのが現状であります。
 しかし私においては、微々たる御奉公にもかかわらず、周囲からは大きな信用を得られ、協力してくれる人やメーカーも多く現われ、また長男の就農も近く予定しており「我並びに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」との御金言と共に、「転重軽受」・「不求自得」の功徳を実感とするものであります。

【先生の弟子思われるお心】

 これひとえに、浅井先生に師事し得たゆえであり、また何より「新水戸会館」御入仏式の祈、先生より思いもかけず「口蹄疫は大丈夫かね、恐ろしい病気だから気をつけるように」との、勿体ないまでのご心配のお言葉を頂き、己の信心を引き締めさせて頂いたゆえであれば、先生に対し報恩感謝の念でいっぱいであります。
 この先、たとえ命に及ぶ大難が起きるとも「つたなき者になってはならぬ」との先生の仰せのまま、大聖人様を信じ切り、浅井先生に付き切らせて頂く所存であります。
 現在の尖閣諸島問題に見るごとく、日本が完全に中国に屈し、中国からナメられ切った姿を見れば「他国侵逼に遅れてなるものか」との先生の急がれるお心に第十一隊も何としてもお応えせんとの闘志、五体に充満するものであります。
 されば頂いた功徳に甘えることなく、これより頂く浅井先生の指導を即実践に移し「妙国日本が、亡んでたまるか」との先生の大師子吼に、怒涛の大前進を以て断じてお応えしてまいる決意であります。

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顕正会会館建設地2

下の写真と合わせて頂ければ、全体が大体判ると思う。
車で、比較してください。
 あまり目立つ行動をすると、調査員の身の危険があるので、無理しない範囲で撮影してきてもらってます。

写真をクリックすると、大きな画像になります。(下のも)

theme : お知らせ、その他。
genre : その他

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神奈川会館建設地1

顕正会・神奈川会館建設地の調査報告。
 写真を見ていていただけば、下に写ってる車と比較して大体の広さが判ると思う。
中の写真は撮影出来なかったみたいだが、新地になっていたそうである。

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genre : その他

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まとめ

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日蓮正宗・顕正会・創価学会、等の宗教問題を考えています。

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