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顕正会四級試験(1)

教学試験掲載の顕正新聞1月15日号より。

【四級試験問題】

問一 日興上人「遺誡置文」について、次の条目の□□を埋め、ニ箇条においては文意を略述せよ。

一、富士の(1)、聊も(2)の(3)に違せざる事。
一、未だ(4)せざる間は、(5)を捨てて(6)を致すべき事。

一、(7)たりと雖も(8)して(9)を構えば、之を(10)うべからざる事。
  (文意)
一、(11)たりと雖も(12)あらば、(13)之を(14)くべき事。
  (文意)
問二 次文の□□を埋めよ。

 本門戒壇建立の目的は、国(1)・国(2)の成仏、すなわち(3)実現のためである。本門戒壇建立以前であっても、(4)を信じて(5)と唱え奉る者は個人として成仏させて頂ける。ただし(6)が実現しなければ、(7)の失により国土の(8)を免れることはできない。ゆえに個人の真の(9)安穏は国家(10)と共にある。
 まさしく本門戒壇の建立とは、(11)の功(12)・(13)用により、日本および全世界を(14)と化する(15)なのである。すなわち日本国の(16)の表明により本門戒壇が建立されれば、日本国の(17)は(18)となる御本仏を(19)とする国は即(20)ではないか。
 本門戒壇建立の目的がわかれば、(21)と関係ない戒壇建立などあり得ないのは自明となる。しかるに創価学会の「国立戒壇について」の政府への回答書に云く「一時、本門戒壇を(22)と呼称したことがあったが……建立の当事者は(23)であり、(24)の事業として行うのであって、(25)とは無関係である」と。これ正本堂が偽戒壇であることを自ら示すものである。

問三 「本門寺改称」について述べた次文の□□を埋めよ。

 (1)の三月後、池田大作は(2)管長に、本門寺改称について次のごとく述べさせた。
 「日本全人口の(3)が入信すれば(4)であり、その時には(5)を、大聖人(6)の(7)と改称することもあり得る」と。この「(8)入信で(9)」こそ、池田大作のいう(10)の謀りであった。
 もし大石寺を(11)と改称すれば(12)は自動的に(13)となり、一期弘法付嘱書の「富士山本門寺(14)また百六箇抄の「富士山本門寺(15)」の御金言を偽ることができる。
 これまさしく(16)の誑惑の(17)である。池田大作はこの陰謀の実現を、大石寺(18)に当る(19)年と定め、その慶讃法要の席上、(20)管長にこれを宣言させる心算であった。

問四 三大秘法抄の文意を述べた訳文の□□を埋めよ。

 「王法仏法に冥じ、仏法王法に合して」とは、(1)が日蓮大聖人の仏法こそ(2)安泰・衆生(3)の唯一の正法であると(4)決裁して、これを(5)することである。
 「王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時」とは、王法と仏法が(6)した時の、具体的な(7)の姿相を示されたものである。すなわち日本国の(8)たる(9)も、(10)の衝に当る(11)も、全国民も一同に(12)を信じて(13)と唱え、この(14)を守護し泰るにおいては(15)も惜しまぬ(16)に立つ時である。大聖人はかかる状況が(17)の未来日本国に必ず現出することを確言され、その時を、戒壇建立の「時」と定め給うたのである。
 「勅宣並びに御教書を申し下して」とは、戒壇建立に際しての(18)の定めである。「勅宜」とは(19)の(20)、「御教書」とは当時(21)の令書、今日においては(22)の議決・(23)の決定がそれに当る。すなわち「勅宣並びに御教書」とは、まさしく正法を(24)し奉るとの(25)である。
 大聖人はこの(26)を、なにゆえ戒壇建立の必要(27)と定め給うたのであろうか。それは、戒壇建立の目的は(28)の実現にあり、その(29)実現は、一(30)・一(31)あるいは漠然たる(32)の帰依などでは叶わず、国家が公式に三大秘法を(33)してこそ始めて実現するゆえと、拝すべきである。
 「霊山浄土に似たらん最勝の地」とは、富士山(34)である。
 「時を待つべきのみ」とは(35)である。勧とは、広宣流布は(36)を的とするところであるから、(37)を惜しまず弘通せよとの(38)]。誠とは、広宣流布(39)に戒壇を立てることを禁ずるの意である。もし広布(40)に戒壇を立てれば(41)の実現も叶わず、一国において(42)肩を並べて(43)を容認することになるからである。
 まさしく御遺命の本門戒壇とは、(44)の時、(45)を以て、(46)に建立される(47)戒壇である。

問五 「国立戒壇」についての先師の文証と、細井日達および池田大作の自語相違の文の□□を埋めよ。

 第五九世日亨上人は「唯一の国立戒壇、すなわち(1)の本門戒壇の一ヶ所だけが(2)でありて、その事は(3)に属する」と。
 第六四世日昇上人は(4)の建立を待ちて六百七十余年、今日に至れり。(5)こそ本宗の(6)なり」と。
 第六五世日淳上人は「蓮祖は(7)を(8)とせられ、これを(9)と称せられた」と。
 第六六世細井日達管長も曽ては「富士山に(10)を建設せんとするのが、日蓮正宗の(11)である」と。
 池田大作も「(11)の建立こそ、悠遠六百七十有余年来の日蓮正宗の(13)であり、また創価学会の唯一の(14)なのであります」等と正論を述べていた。
 だが偽戒壇(15)建設の後は、細井日達は「国立戒壇は(16)の教義ではない」と曲げ、池田大作も「国立戒壇は’17)にはない」等と誑かし、御遺命を破壊せんとした。

問六 本門戒壇の事と義について述べた次文の□□を埋めよ。

 事とは(1)の意、義とは(2)・(3)の意である。すなわち(4)に定められた(5)が整った時に(6)の姿として建立される戒壇を(7)といい、それ以前に(8)のまします所を(9)という。
 ゆえに日亨上人は「戒壇について、(10)にあらわるる(11)堂と、(12)の上で戒壇とも思えるのニつがある。(13)の堂は将来一天(14)の時に(15)で富士山下に建ち、乃至、それまでは本山の戒壇本尊(16)の(17)がまずその(18)に当る」と。
 細井日達管長も曽ては「事の戒壇とは、富士山(19)を安置する(20)の戒壇を建立することでございます。勿論この戒壇は(21)の時の(22)の戒壇であります」と。
 だが細井日達は突如、事の戒壇の定義を改変して「この戒壇の御本尊在すところは(23)でございます。だからその御本尊が、たとえ(24)にあっても、あるいは唯今(25)に安置し奉ってあっても、あるいは今正に出来んとする(26)に安置し奉っても、その御本尊在すところは’27)・
(28)でも、そのところは即ち(29)であります」と述べ、また阿部日顕も「戒壇の本尊のおわします所、(30)ちに(31)である」と謀った。
 だが日寛上人は「未だ(32)至らざる故に、(33)ちに(34)これ無し」と仰せられ、さらに事の戒壇建立の場所まで特定され「(35)の戒壇とは、即ち富士山(36)に(37)を建立するなり」と教示下されている。

問七 次文は、阿部日顕の三大秘法抄曲会を総括した文、および正本堂の正体を明かした文である。□□を埋めよ。

 阿部日顕は、池田大作に諂って、「王法」を「(1)と歪曲し、「王臣」を(2)と欺き、「有徳王」を(3)と諂曲し、「勅宣・御教書」を(4)とたばかり、「霊山浄土に似たらん最勝の地」を(5)と偽り、「時を待つべきのみ」を(6)欺誑し、以て(7)を否定して(8)の誑惑を助けた。
 まさしく正本堂こそ、(9)は日蓮大聖人に背き奉り、また二祖(10)より六五世(11)に至るまでの歴代先師に違背し、(12)は(13)全信徒をたぶらかし、さらに(14)には(15)を欺いた偽戒壇であった。
 ゆえに完成後、たちまち学会と宗門に不和が生じ、池田大作は学会員の(16)を禁じた。細井日達はこれを憤り「もしどこまでも(17)が来なければ、それは(18)を造ってもらって有難いけれども……もし(19)が来なくて、こっちの(20)が立たないと云うならば、御本尊は(21)へおしまいして、特別の人が来たならば、(22)を願う人があったら、(23)してよいと云う覚悟を、私は決めた」
 と述べた。(24)が立たない」などとは何という言種(いいぐさ)であろうか。正本堂とは、かかる建物だったのである。

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