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ガツンと破す、を破す。それを破す8

検証中途ですが、ある時は曖昧といい、ある時は断定し、個人の主観でどちらとも言う、これって学会が云々、達師が・・と言うよりも、その時の批判内容に応じた浅井サン得意の場当たり主義な批判なんではないですか?
でもきっと、こういうの納得されないでしょうから、更に貴殿や浅井サン(もうボロボロですが)が言う、ホントに達師が曖昧な説法であったか、それを検証しましょう。

浅井氏、正本堂に就き宗務御当局に糾し訴うに曰く「但し、ここに不思議なるは、御法主上人猊下の訓諭には一言の「事の戒壇」なるお言葉も見られぬ事である。いやこの訓諭だけではない。正本堂の意義が初めて決定されたと学会で喧伝する昭和四十年二月十六日の正式の御説法に於ても、猊下は「事の戒壇」のお言葉を用い給わず、またその意味も宣べ給わず、ただ、戒壇の大御本尊御安置を仰せ出し給うのみ。その後の発願式に於ても然り、起工式も然りである。(正本堂に就き宗務御当局に糾し訴う)」

おかしいですね、どちらともとれる曖昧な説法という印象すら書かれていませんね。該当箇所を引きますね「正本堂の意義が初めて決定されたと学会で喧伝する昭和四十年二月十六日の正式の御説法に於ても、猊下は「事の戒壇」のお言葉を用い給わず、またその意味も宣べ給わず、ただ、戒壇の大御本尊御安置を仰せ出し給うのみ。」と書かれてます。

となると、これもお得意の浅井氏の場当たり的迷走ではないですか。どうでしょうか、昭和四十年二月十六日のひとつの説法で学会側は事の戒壇だと聞き、浅井氏は以下に並べてみるとバラバラな受けとめを述べておられます。

◎「正本堂が御遺命の戒壇であることを理屈づけた、最初で唯一の説法」
◎「国立戒壇建立を否定せんとしたものである」
◎「正本堂は突如として『御遺命の本門戒壇』と、その意義が変更されたのであった」
◎「ただ、戒壇の大御本尊御安置を仰せ出し給うのみ。」

此処でひとまず、小結です。いかがでしょうか、やはりこれは、曖昧な・・ではなく、達師は有る意図を持って説法しましたが、これを歪曲して浅井氏が後に恣意的解釈を為しているのではないですか、ブリトー石橋氏、いかがでしょうか?と書いても恐らく納得しないでしょうから、もう少し続けましょう


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