スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
line

ガツンと破す、を破す。それを破す11

★さて次にいきます「試練と忍従」という顕正会の歴史を語る本のなかに、浅井は数頁をさいて御供養参加の解説をしています。 「正本堂の御供養には妙信講も参加した。今日から見れば、なぜこれに参加したのか不思議に思う人もいようが、当時はまだ誑惑が顕著ではなかった。少なくとも、管長猊下は一言も正本堂を御遺命の事の戒壇などとは云われず、もっぱら戒壇の大御本尊を安置し奉る建物であることだけを強調し、供養の誠を捧げよと、宗門の全僧侶・信徒に呼びかけておられたのである(昭和六十一年・富士:二百七十一号)」
ここにも、「管長猊下は一言も正本堂を御遺命の事の戒壇などとは云われず、もっぱら戒壇の大御本尊を安置し奉る建物であることだけを強調し」
とありますね。この文章の実はひとまず置きますが、この項でのテーマ、曖昧な説法であれば、これだけの強さで伝わる物でしょうか?しかも「供養の誠を捧げよと、宗門の全僧侶・信徒に呼びかけておられたのである」と達師の説法には、かくいう強い呼びかけが有ったようです。曖昧で強い呼びかけな説法だったのでしょうか?又増えました、追加です。
(達師説法、浅井氏コメント分)
◎「正本堂が御遺命の戒壇であることを理屈づけた、最初で唯一の説法」
◎「国立戒壇建立を否定せんとしたものである」
◎「正本堂は突如として『御遺命の本門戒壇』と、その意義が変更されたのであった」
◎「ただ、戒壇の大御本尊御安置を仰せ出し給うのみ。」
◎「いよいよ意義重大なる」
◎「私共はこの猊下の御思召に同心し奉って」
◎「管長猊下は一言も正本堂を御遺命の事の戒壇などとは云われず
◎「供養の誠を捧げよと、宗門の全僧侶・信徒に呼びかけておられたのである」

(ブリトー氏コメント分)
◎「曖昧な説法を悪用して、本格的に正本堂の誑惑を始めた」「本格的に正本堂の誑惑を始めた」「本格的な正本堂の誑惑スタート」「正本堂の誑惑を助ける結果」等
◎「正本堂について『須弥檀の形にする』」と述べた、例の曖昧な説法」

そろそろ達師の昭和四十年の正本堂建設委員会においての肝心の部分の発言を明示しましょう。
「委員会が開かれるにあたって、初めて私の考えを申し上げておきたい・・・大御本尊のおわします堂が、そのまま戒壇であります」
「今日では、戒壇の御本尊を正本堂に安置申し上げ、これを参拝することが正しいことになります。ただし末法の今日、まだ謗法の人が多いので、広宣流布の暁をもって公開申し上げるのであります。ゆえに正本堂とはいっても、おしまいしてある意義から、御開扉等の仕方はいままでと同じであります。したがって形式のうえからいっても、正本堂の中でも須弥壇は、蔵の中に安置申し上げる形になると思うのでこざいます。」
(大日蓮 昭和四十年三月号十一頁)と訓示されていました。

浅井氏は「四十年二月十六日、第一回正本堂建設委員会が開かれ、管長猊下が説法された。この説法を聞いた池田大作は、突如として「正本堂は実質的な戒壇建立であり、広宣流布の達成である」と云い出したのである。(「試練と忍従」の正本堂の御供養についての解説部分)」と解説していますが、昭和四十五年三月二十五日の「正本堂に就き宗務当局に云々」の諫暁本では浅井氏はこの本の中で、達師の御説法を挙げて「日達上人の御説法をもって正本堂が御遺命の戒壇だとはいえない」と、数頁に渡って念入りに述べています。(ここでまた当日の達師説法解釈は増えましたね。)

メインブログ
スポンサーサイト
line

comment

Secret

line
line
まとめ

line
最新記事
line
FC2ブログランキング
良くも悪くも、顕正会問題に付いて知ってもらうために、ご協力をお願いいたします。

FC2Blog Ranking

line
Translation(自動翻訳)
line
プロフィール

山門入り口

Author:山門入り口
日蓮正宗・顕正会・創価学会、等の宗教問題を考えています。

line
最新トラックバック
line
月別アーカイブ
line
最新コメント
line
カテゴリ
line
sub_line
検索フォーム
line
リンク
line
RSSリンクの表示
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QRコード
line
sub_line
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。