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ガツンと破す、を破す。それを破す14

次にいきます。
ブリトー氏の反論:2番目「昭和四十四年十二月二十二日(於妙縁寺)において『猊下は一度も正本堂を御遺命の事の戒壇と……』(妙信講と宗務員が面談:阿部教学部長・発言)」という文章は、出典が不明です。もしかしたら顕正会の書籍にあるのかな?

これは第一番目に既に証明しました事であります。昭和四十四年・十二月二十二日(於妙縁寺)に正本堂の意義について、妙信講と宗務当局が面談した際に『「御尊師「寡聞の故か」とは断るも「未だ曾って猊下一言も正本堂を事の戒壇と仰せられず」と、三度に亘って言明し給う。これ猊座を守る御道念より出る勇気の御発言と肝に銘じて忘れず。(浅井著:正本堂に就き宗務御当局に糾し訴う)』とあります。更に信憑性を添えるならば顕正会員が一般を詐称して書いた下山正恕著「富士大石寺顕正会」にも諫暁前夜の項目の所に

「阿部教学部長は『猊下は未だ一度も正本堂が事の戒壇と仰せられていない』といって、その場を収めるようなこともあった(下山正恕・富士大石寺顕正会)」
と書いてあるので、彼は顕正会の意を受けて、揺動謀略のためにこの本を上梓しているので、こうした発言が有ったことに間違いはないですね。整理しましょう

◎「猊下は一度も正本堂を御遺命の事の戒壇と仰せられず」(ガツンと破すで掲示したバージョン)」
◎「未だ曾って猊下一言も正本堂を事の戒壇と仰せられず」(浅井著:正本堂に就き宗務御当局に糾し訴う)
◎「猊下は未だ一度も正本堂が事の戒壇と仰せられれていない(下山正恕・富士大石寺顕正会)」

上記、多少の言葉の入れ替えはありますが、ほぼ同趣旨ですね。

ブリトー氏は「文章の終わり方が不自然です。どうせ切り文でしょう。」といいますが、浅井著の「正本堂に就き宗務御当局に糾し訴う」がそうなっているのですよ。貴殿が否定に傾きたい気持ちは理解できますが、事実は残酷ですね。
浅井氏は阿部教学部長の言葉がよほど記憶に残ったのか、「正本堂に就き・・」の冒頭四頁目にも以下の様に綴っています。

「そして、十二月二十二日。約束の席を妙縁寺に設けられるに、総監殿は欠席。代理として阿部教学部長・藤本庶務部長の両部長がお見えになりました。よって阿部教学部長に対し、正本堂の意義を糺し、私どもの所信を言上するに、論議の末、阿部教学部長は「猊下は一度も事の戒壇と仰せられず」と、正本堂の事檀ならざるを遂にお認めになりました。(正本堂に就き宗務御当局に糾し訴う)」
さて、お気づきでしょうか。ガツンと破す、に記載した阿部教学部長の言葉は、この冒頭頁から引っ張った物です。どうですか、ブリトーさん。了解いただけましたでしょうか。

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日蓮正宗・顕正会・創価学会、等の宗教問題を考えています。

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